
- 自分の人生を主体的に生きようと思う
- いや、主体的であって欲しい
- 主体的に生きるためにいろいろなことを学んでいく
- 主体的に物事に取り組んでいく
この主体的という言葉には様々な希望があると思います。
きっと主体的に生きることができれば、人生後悔することが少ないはずだと思うはずでしょう。
主体的に生きるためには自分の人生をうまくコントロールしなくてはなりません。
もちろんすべてのことを自分でコントロールできるようになればこれ以上に嬉しい事は無いはずです。
あらゆることを自分でコントロールする事は、万能感を得られることができるでしょう。
期待に胸をふらすこともあります。
本日は主体的に生きることとコントロール感についてお話しいたします。
果たして、本当に自分の運命をコントロールすることができるようになれば幸せになるのでしょうか?
本日はこちらの本をご紹介します。
コントロールを奪われるとパフォーマンスは大幅に低下してしまいます。
ここで騒音ストレスの実験をご紹介します。
ロックフェラー大学で実施された実験です。
被験者は実験室で簡単な事務作業を行ってもらいます。
その際、装着したヘッドフォンからは爆音が不定期に聞こえてくるようになっているのです。
いつどんなタイミングでその音が鳴るか分かりません。
しかもジェット機並みの音が鳴るのです。
この不定期の爆音の中で、一通りの作業を終えると今度は他の被験者と一緒に狭い部屋に入れられ別の作業するように指示をされます。
その他の被験者には「爆音を聞かされずに作業をした被験者」と「爆音のタイミングを事前に知らされていた被験者」がいます。
実験の結果、爆音を不定期に聞かされたグループは爆音を聞かされなかったグループと比較してミスが多く、苛立ちや他の被験者への敵意をあらわにする傾向が見られたのです。
そこで。
被験者が「爆音をコントロールできる」と言う感覚を持っていた場合はどうなるのでしょうか?
実験の結果は以下の二つです。
実際に爆音が鳴るタイミングを知らせたグループのストレス値は低くなりました。
ランダムに爆音を聞かされた被験者よりも短時間でその状況に適応できたのです。
主観的なストレスも低く測定されたのです。
もう一つの実験結果も面白いものでした。
爆音が耳障りな場合はボタン押して止めてもいいと言うルールも追加されましたが、そのボタンもめったに押される事はなかったのです。
「いつでも自分でボタンを押して爆音を止められる」というコントロール感を得た被験者は、爆音が鳴ったとしても、その影響が減っているのです。
しかし、このコントロール感は、別の実験ではまた面白い見解があります。
「自分の人生を自分でコントロールしていると言う感覚が、心身の健康を促進する」
このテーマで注目されていた分野に、 老人学があり、老人ホームの入居者を対象にしたとある実験がありました。
1976年のエレン・ランガーとジュディス・ロディンの研究です。
この研究はコントロールレベルの変化が、人生にどのような影響及ぼすかという研究です。
1つ目の実験はとても簡単なもので、どの映画を見るか、どんな装飾をするかなどの選択を入居者に任せるのです。
コントロールの責任を与えられた入居者はより活動的になり幸福感を高め、健康度が増して長生きできたそうです。
これだけ聞くとコントロール感は人生にプラスに影響を及ぼすことがわかります。
もう一つの実験をご紹介します。
入居者にデューク大学の学生を定期的に訪問させ交流をさせました。
ここでは2つのグループに分かれます。
1つ目のグループは、学生にいつ訪問してもらうかを決められるようにしました。
もう1つのグループは、自分たちで学生の訪問日時を決めことはできないようにしています。
予想通り、いつ訪問してもらうか決められるようコントロール感を得た入居者は、主観的幸福度と健康が高まっていました。
ですが、このあとが面白いのです。
学生の卒業に伴い、設営の訪問は唐突に終了しました。
その結果突然コントロール感を失うことになります。
その後の調査でわかったのは、コントロールカーを持っていたグループはコントロール感を持ってなかったグループよりも健康や幸福感に著しい減少が見られ死亡率すら高まったことがわかったのです。
つまり、上記の実験内容を見る限り「コントロール感覚を持つ事はある程度幻想に基づいている」と言うことになります。
その幻想と言うのは「運命は自分の力で変えられる、限界は自分の想像力が作り出したものだ」ということです。
よく小さい頃から「運命は自分自身で変えられる」とアドバイスされてきました。
しかし、上記の研究を考えるとそれはある程度幻想に基づくものであると言うことがわかります。
ここで必要なのは、客観的な判断です。
「自分ならできる」
こう思うのは大事ですが、ここには自分以外の客観的な評価をしてくれる人がいることが望ましいということです。
なぜなら。
主体的にコントロール感を持って生きていたとしてもコントロールできない分野が現れた場合、自分のパフォーマンスは著しく低下してしまうからです。
そして主体的に物事を決めてもそれが自身にとって有意なフィールドや挑戦かは冷静に判断できないからです。
先程の老人のように。
コントロールできていたことがコントロールできなくなった場合、健康面、メンタル面で大きなダメージを負ってしまうのです。
幻想を維持しながらも、現実に適応する力が必要です。
ここで。
下記の順をお勧めします。
何らかの目標に向けて行動するときは、現実的になることが効果的です。
現実的とはすなわち、
- その目標に価値があるのか
- 成功の見込みがあるか
といった部分を、幅広い情報に基づいて事前に考えておくことです。
そして、適切な目標が決まった場合はポジティブな幻想に目を向けるべきです。
ネガティブな現実を意識しないようにする方がいいでしょう。
主体的に生きるためには、このようなプロセスが必要となってきます。
ぜひ忘れずに、上記の実験データをもとに考えてみてください。
現実味のない幻想は、自分の身を滅ぼしてしまうことになるのです。